特許のデータ

神戸大の先生の特許出願のことがニュースに出ていた。
http://www.asahi.com/national/update/0427/OSK200604270040.html
この特許出願の内容は、電子図書館で見れば分かる。
特開平2005-324319号公報

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド表面に薄膜が形成されたダイヤモンド部材であって、
前記薄膜は周期律表4a族元素の炭化物、窒化物、炭窒化物の少なくとも一種あるいはフッ素または酸素から構成され、
その薄膜の厚さは薄膜構成原子の数で1〜100原子であることを特徴とするダイヤモンド部材。
(請求項2以降は省略)



このニュースに関連して、はてなブックマークはてブ)で見かけたエントリーには、次のものがある。
(patentというタグhttp://b.hatena.ne.jp/t/patentで検索すれば見つかる)

まず、特許法の保護対象である「発明」は、「自然法則を利用した技術的思想」(特許法第2条第1項)です。
「思想」とは抽象的な観念、概念のことですから、発明というのは、その意味において抽象的なものです。
ですから、特許出願には、データがなくてもいいです。
もっとも、特許制度は、新規な発明を公開する代償として独占権である特許権を付与するという制度ですから、当業者が実施できる程度に具体的に記載しなければなりません(特許法第36条第4項第1号)。
本件のような新規な材料については、その材料が作れ、使用できることが明細書中に記載されていなければ、明細書の記載不備を理由として拒絶されることもあるのです。
そのため、明細書の実施可能要件を満たすような具体的記載として、データが記載されことがあります。
また、発明が進歩性(特許法第29条第2項)を有することを明らかにするために、従来技術との比較データが記載されることがあります。


で、研究から発明までの過程を考えると、実証された優れたデータがあって、そのデータが得られる条件を上位概念化、抽象化して発明に至るのだと思うのです。
しかし、本件のような新規な材料の発明の場合は、特許庁の審査において、実証されているデータ及びそれと均等な範囲以外は、記載不備であるとして拒絶理由が通知されることがあります。
せっかく上位概念化、抽象化した発明をしても、実際にデータが得れられている、ごく狭い範囲しか特許権が得られない場合があるのです。
それなら、出願後にデータを追加すればいいではないかと思われるかも知れませんが、出願後にデータを追加することは不可能です。データの追加は、新規事項を追加する明細書の補正に該当しますが、そのような新規事項を追加する補正は禁止されているからです(特許法第17条の2第3項)。
したがって、上位概念化、抽象化した、権利範囲の広い特許権を取得するには、特許出願時に、できるだけ多くのデータを記載する必要があります。
でも、それがなかなか難しい場合があるのですよねえ。
我が国の特許法は、先願主義(特許法第39条)を採っているので、他人に先越されないように、発明を完成したら、できるだけ早く特許出願をしなければなりません。
そうした、出願を急ぐことと、データを充実させることの兼ね合いのなかで、ニュース記事のようなことが生じたのでしょう。


特許明細書に、当業者からみて当然にそうなるであろうデータを記載することの是非は、出願人の責任のもとで考えるべき問題だと思います。特許戦略というのもあるでしょうし。
特許明細書の実施例のデータの真偽は、最終的には、特許権を行使する時に当業者によって吟味され、データが現実にはあり得ないデータである場合には、そのデータに基づく部分の権利行使ができなくなります。