日本特許法におけるソフトウェア特許

ソフトウェア特許について考えるには、日本の特許庁による審査において現在、どのような基準によりソフトウェアが特許されるかを知っておくべきだと思う。
アメリカの特許権は日本では効力が及ばないんだし。
特許されるためには、一般に、
・法上の発明であること(特許法第2条第1項)、
・産業上利用できる発明であること(第29条第1項柱書)、
・新規性があること(第29条第1項各号)、
・進歩性があること(第29条第2項)、
・特許請求の範囲、発明の詳細な説明の記載が、所定の様式を満たすこと(第36条)、
などが要件とされる。
これらの要件については、審査基準が公表されている。
http://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/tukujitu_kijun.htm
特に、コンピュータ・ソフトウエア関連発明については、「特定技術分野の審査基準」として、より詳しい基準が公表されている。
http://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tt1212-045_7-1.pdf
この審査基準によれば、ソフトウエア関連発明が、法上の発明であるためには、「ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源を用いて具体的に実現されている」ことが要件となっている。
つまり、日本において、ソフトウェア特許とは、「ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源を用いて具体的に実現されている」ものであって、新規性、進歩性などを有する発明と言えよう。
上述したコンピュータ・ソフトウエア関連発明の審査基準のうち、法上の発明に関する部分を抜粋して以下に示す。なお、この審査基準は、著作権法第13条第2号の著作物に該当すると理解している。

第1 章 コンピュータ・ソフトウエア関連発明
 本章では、コンピュータ・ソフトウエア関連発明、すなわち、その発明の実施にソフトウエアを必要とする発明(以下「ソフトウエア関連発明」という。)に関する出願の審査に際し、特有な判断、取扱いが必要な事項を中心に説明する。
 なお、明細書(特許請求の範囲、発明の詳細な説明)の記載要件、特許要件のうち特許法上の「発明」であることの判断及び進歩性の判断に関して、本章で説明されていない事項については、第I部乃至第II部を参照。
  この審査基準で用いられる用語の説明
 情報処理・・・・使用目的に応じた情報の演算又は加工をいう。
 ソフトウエア・・・・コンピュータの動作に関するプログラムをいう。
 プログラム・・・・コンピュータによる処理に適した命令の順番付けられた列からなるものをいう。ただし、プログラムリスト(以下に説明のもの)を除く。
 プログラムリスト・・・・プログラムの、紙への印刷、画面への表示などによる提示そのものをいう。
 プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体・・・・プログラムのインストール、実行、プログラムの流通などのために用いられる、プログラムが記録されたコンピュータで読み取り可能な記録媒体をいう。
 手順・・・・所定の目的を達成するための、時系列的につながった一連の処理又は操作をいう。
 データ構造・・・・データ要素間の相互関係で表される、データの有する論理的構造をいう。
 ハードウエア資源・・・・処理、操作、又は機能実現に用いられる物理的装置又は物理的要素をいう。
 例えば、物理的装置(金物)としてのコンピュータ、その構成要素であるCPU、メモリ、入力装置、出力装置、又はコンピュータに接続された物理的装置。
(中略)
2. 特許要件
 ソフトウエア関連発明においては、特許要件の中でも、特に、特許法上の「発明」であることの要件と進歩性の要件が重要であることから、これらの要件について説明する。
 ただし、第II部第1 章1 . により特許法上の「発明」に該当するか否かが容易に判断できるものについては、この基準を参照することを要しない。
2.1 対象となる発明
(1) 特許要件に関する審査の対象となる発明は、「請求項に係る発明」である。
(2) 請求項に係る発明の認定は、請求項の記載に基づいて行う。この場合においては、特許請求の範囲以外の明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して請求項に記載された発明を特定するための事項(用語)の意義を解釈する。
2.2 「発明」であること
 請求項に係る発明が特許法上の「発明」であるためには、その発明は自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものであることが必要である。(第II部第1 章1.参照)
2.2.1 基本的な考え方
 ソフトウエア関連発明が「自然法則を利用した技術的思想の創作」となる基本的考え方は以下のとおり。
(1) 「ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源を用いて具体的に実現されている」場合、当該ソフトウエアは「自然法則を利用した技術的思想の創作」である。(「3.事例」の事例2-1〜 2-5 参照)
(説明)
 「ソフトウエアによる情報処理がハードウエア資源を用いて具体的に実現されている」とは、ソフトウエアがコンピュータに読み込まれることにより、ソフトウエアとハードウエア資源とが協働した具体的手段によって、使用目的に応じた情報の演算又は加工を実現することにより、使用目的に応じた特有の情報処理装置(機械)又はその動作方法が構築されることをいう。
 そして、上記使用目的に応じた特有の情報処理装置(機械)又はその動作方法は「自然法則を利用した技術的思想の創作」ということができるから、「ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源を用いて具体的に実現されている」場合には、当該ソフトウエアは「自然法則を利用した技術的思想の創作」である。
参考:「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるためには、請求項に係る発明が一定の目的を達成できる具体的なものでなければならない。(「技術は一定の目的を達成するための具体的手段であって、実際に利用できるもので、…客観性を持つものである。」[平成9年(行ケ)第206 号(東京高判平成11 年5 月26 日判決言渡)])
(2) 更に、当該ソフトウエアが上記(1)を満たす場合、当該ソフトウエアと協働して動作する情報処理装置(機械)及びその動作方法、当該ソフトウエアを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体もまた、「自然法則を利用した技術的思想の創作」である。
2.2.2 判断の具体的な手順
 ソフトウエア関連発明において、請求項に係る発明が「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるか否か(「発明」に該当するか否か)を判断する具体的な手法は以下のとおり。
(1) 請求項に記載された事項に基づいて、請求項に係る発明を把握する。なお、把握された発明が「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるか否かの判断に際し、ソフトウエア関連発明に特有の判断、取扱いが必要でない場合には、「第II部第1 章 産業上利用することができる発明」により判断を行う。(注参照)
(2) 請求項に係る発明において、ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源(例:CPU等の演算手段、メモリ等の記憶手段)を用いて具体的に実現されている場合、つまり、ソフトウエアとハードウエア資源とが協働した具体的手段によって、使用目的に応じた情報の演算又は加工を実現することにより、使用目的に応じた特有の情報処理装置(機械)又はその動作方法が構築されている場合、当該発明は「自然法則を利用した技術的思想の創作」である。
(3) 一方、ソフトウエアによる情報処理がハードウエア資源を用いて具体的に実現されていない場合、当該発明は「自然法則を利用した技術的思想の創作」ではない。

例1 請求項に係る発明 文書データを入力する入力手段、入力された文書データを処理する処理手段、処理された文書データを出力する出力手段を備えたコンピュータにおいて、上記処理手段によって入力された文書の要約を作成するコンピュータ。
説明 コンピュータによって処理される文書データが、入力手段、処理手段、出力手段の順に入力されることをもって、情報処理の流れが存在するとはいえても、情報処理が具体的に実現されているとはいえない。なぜなら、入力された文書の要約を作成する処理と処理手段とがどのように協働しているのかを具体的に記載していないからである。したがって、請求項に係る発明は、ソフトウエアによる情報処理がハードウエア資源を用いて具体的に実現されていないので、自然法則を利用した技術的思想の創作ではなく、「発明」に該当しない。
例2 請求項に係る発明  数式y=F(x)において、a≦x≦b の範囲のy の最小値を求めるコンピュータ。
説明 「数式y=F(x)において、a≦x≦b の範囲のy の最小値を求める」ために「コンピュータ」を用いるということをもって、数式y=F(x)の最小値を求める情報処理が具体的に実現されているとはいえない。なぜなら、「コンピュータ」を用いるということだけでは、数式y=F(x)の最小値を求める処理とコンピュータとが協働しているとはいえないからである。したがって、請求項に係る発明は、ソフトウエアによる情報処理がハードウエア資源を用いて具体的に実現されていないので、自然法則を利用した技術的思想の創作ではなく、「発明」に該当しない。
(注)ソフトウエア関連発明に特有の判断、取扱いが必要でなく、「第II部第1章 産業上利用することができる発明」により判断を行う例を次に示す。
(1)「自然法則を利用した技術的思想の創作」ではない例
請求項に係る発明が、「第II部第1章1 . 1 「発明」に該当しないものの類型」のうちいずれか一に当たる場合、例えば、
( a ) 経済法則、人為的な取決め、数学上の公式、人間の精神活動、又は
( b ) デジタルカメラで撮影された画像データ、文書作成装置によって作成した運動会のプログラム、コンピュータ・プログラムリストなど、情報の単なる提示
に当たる場合は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」ではない。
(2)「自然法則を利用した技術的思想の創作」である例
請求項に係る発明が、
(a) 機器等(例:炊飯器、洗濯機、エンジン、ハードディスク装置)に対する制御又は制御に伴う処理を具体的に行うもの、又は
(b) 対象の物理的性質又は技術的性質(例:エンジン回転数、圧延温度) に基づく情報処理を具体的に行うもの
に当たる場合は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」である。
2.2.3 留意事項
(1) 請求項に係る発明が判断の対象であることから、「ソフトウエアによる情報処理がハードウエア資源を用いて具体的に実現されたもの」が発明の詳細な説明及び図面に記載されていても、「ソフトウエアによる情報処理がハードウエア資源を用いて具体的に実現されたもの」が請求項に記載されていない場合には「発明」に該当しないと判断されることに注意する。
(2) 請求項に係る発明が、「自然法則を利用した技術的思想の創作」ではない場合であっても、発明の詳細な説明の記載に基づいて請求項に記載された事項を補正することによって「自然法則を利用した技術的思想の創作」となることが可能であると判断されるときは、審査官は、拒絶理由を通知する際に、補正の示唆を併せて行うことが望ましい。
(3) 請求項に係る発明が、「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるか否かを判断する場合、請求項に記載された発明のカテゴリー(「方法の発明」又は「物の発明」)にとらわれず、請求項に記載された発明を特定するための事項(用語)の意義を解釈した上で判断するよう留意する。
(4) 「プログラム言語」として特許請求された発明については、人為的な取決めに当たることから、「自然法則を利用した技術的思想の創作」ではなく、「発明」に該当しない。(第II部第1 章1.1(4)参照)
(5) 「プログラムリスト」として特許請求された発明については、情報の単なる提示に当たることから、「自然法則を利用した技術的思想の創作」ではなく、「発明」に該当しない。(第II部第1 章1.1 (5)(b)参照)

「v a r  x , y , z , u : i n t e g e r ;
   b e g i n  z : = 0; u : = x ;
       r e p e a t
          z : = z + y ; u : = u − 1
       u n t i l  u = 0
   e n d .
からなる自然数の乗算プログラムリスト。」
2.2.4 「構造を有するデータ」及び「データ構造」の取扱い
 「構造を有するデータ」(「構造を有するデータを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体」を含む)及び「データ構造」が「発明」に該当するか否かについては、「2.1 基本的な考え方」により判断する。
(以下略)