特許2945753号

1月31日の日記のコメント欄で、この特許の存在について、まつもと氏に教えていただきました。また、Google経由で特許2945753号について検索され、私の日記にたどり着いた方がいらっしゃいます。


この特許2945753号が話題になったのは、2003年11月29日に京都大学で行われた「ソフトウェア特許研究会」だということを認識しています。
まつもと氏Matzにっきの2003年11月29日に書いてあります。
また、id:yumano氏の2003年12月3日の日記には、 「ソフトウェア特許研究会メモ」が書かれてあり、弁理士の谷川英和氏(IRD国際特許事務所 京都大学研究員)が、この研究会において、特許2945753号について言及されたことを記述されています。
http://d.hatena.ne.jp/yumano/20031203#p5


特許2945753号の特許請求の範囲は、次のとおりです。これは、特許電子図書館で無料で見ることができます。

【特許請求の範囲】
【請求項1】データを入力する項目であるフィールドを識別するフィールド識別子を1つ以上有し且つ一つ以上の前記フィールド識別子からなるフィールド識別子集合に1個以上付与され前記フィールド識別子集合を構成するフィールド識別子が識別するフィールドの画面上の相対的位置関係を表す配置処理識別子を有する画面定義部及び、前記画面定義部が有するフィールド識別子集合を構成するフィールド識別子によって識別されるフィールドを前記フィールド識別子集合に付与された配置処理識別子に従い画面上に配置することでデータ入力画面を作成する画面作成部を備えたことを特徴とする情報処理装置。
【請求項2】データ処理の処理結果をあらわす処理結果識別子と処理内容を有する処理項目を一つ以上有する処理項目群及び、前記処理結果識別子を読み込み且つ前記処理結果識別子と同一の処理結果識別子を有する前記処理項目群中の処理項目中の処理内容に従い処理を行なう後処理実行部を有することを特徴とする請求項1記載の情報処理装置。

この特許が、WebアプリケーションにおけるHTMLのformタグを用いて入力することを含むのではないかが問題となっているようです。


HTMLのformタグを用いて入力することが、特許2945753号の特許権の効力の範囲に含まれるのか。
結論からいうと、「私が現在調べられる資料の範囲内では、何とも言えない。」です。
全く含まれていないと断言することはできませんが、完全に含まれているとも言えません。前述したソフトウェア特許研究会で、弁理士の谷川英和氏がどのような意味合いで述べられたのかが分かりませんので、谷川英和氏がおっしゃったことを鵜呑みにするのもできません。


この件の特許請求の範囲を解釈するにあたっては、

  • この特許が出願された平成2年11月30日当時における情報処理の技術分野における常識と、
  • その当時の公知技術と、
  • この件の特許出願が、特許庁の審査において審査官からどのような拒絶理由が通知され、それに対して松下がどのような意見を述べたか、そして一度は拒絶査定がされた本件の出願が、拒絶査定不服審判において、松下のどのような主張を受け容れて特許査定になったのか、

の観点から、考える必要があります。
当時の常識や公知技術は、無料の調査によっても、ある程度はカバーできますけれど、本件の出願の審査経過で、特許庁の審査官や審判官に対して松下がどのような意見を述べたかは、特許庁に保管されている書類を閲覧申請して入手する必要があります。閲覧申請って無料ではないのです。
ですから、特許庁に保管されている資料を閲覧していない現時点では、特許権の効力の範囲に及ぶかどうかの判断は、留保させてください。


期待に添えずに申し訳ないのですが、具体的事例に特許権の効力が及ぶかかどうかを考える場合の特許請求の範囲の解釈は、ケースバイケースであって、ホントに難しいです。
特許請求の範囲を客観的に判断する基準としては、次のようなものがあると専門書に書かれています(例えば、高林 龍 著「標準 特許法」、有斐閣isbn:4641143250)。

  1. 特許請求の範囲の記載に従って解釈する。
  2. 発明の詳細な説明の記載を参酌し、特許請求の範囲に使われている文言を限定するような記載があれば、特許請求の範囲もそれに応じて限定的に解釈する。
  3. 特許出願の出願時における公知技術を参酌し、特許請求の範囲から公知技術を除外した部分のみに特許権の効力範囲を限定的に解釈する。
  4. 特許出願の出願経過を参酌し、出願人が意見書や審判請求書で主張したことと反するような部分については特許権の効力は及ばない(禁反言:estoppel)。

また、特許請求の範囲の記載からは含まれない物や方法であっても、これらの物や方法が、特許請求の範囲の記載と「均等」な物や方法については、特許権の効力が及ぶという「均等論」の話があります。
これらのことを総合的に考えて、判断を下さなければなりません。
松下の特許権の効力範囲を考えるには、審査過程での出願人の言動は、重要になるだろうと思います。


1月31日の日記のコメント欄で私は、松下の特許における画面定義部は、「フィールド識別子集合を構成するフィールド識別子が識別するフィールドの画面上の相対的位置関係を表す配置処理識別子」を有していることが要件であることを書きました(コメント欄で「画面演算部」と書いたのは「画面定義部」の誤りでした。済みません。)
この配置処理識別子というのをhtmlタグだと考えると、フィールドの画面上の相対的位置関係を表すタグというのが、既存のWebページにあるのか、なければ、その点で、松下の特許権の効力の範囲には含まれないだろうと考えました。
htmlのタグを書いたら、たまたま、又は結果的に、フィールドが画面上に配置されたというのでは、この松下の特許の特許請求の範囲には含まれないでしょう。フィールドを画面上に相対的に配置させるためのタグであることが必要になるでしょう。
松下の特許の特許請求の範囲における「フィールドの画面上の相対的位置関係を表す」の「相対的位置関係」という文言が、どのような内容を指すのかも、検討する必要があります。
スタイルシートのマージンのようなものなのか、テーブルタグで配列させたものを含むのか。
松下の特許の明細書の実施例には、横長の画面には、横長の画面に収まるようにフィールドを配列させ、縦長の画面には、縦長の画面に収まるようにフィールドの配列を、横長の画面の場合とは縦横を逆の配列に配列させることが書いてあります。テーブルタグを使ったら、画面の縦横比の変化に応じて、縦横の配列を逆にすることはできないでしょう。
松下の特許は、このような実施例に示されているものに限定して解釈すべきなのか、それとも、実施例はあくまで一例であって、テーブルタグのようなものまで含むものなのか。
このような判断も、この特許の特許出願が特許庁で審査されている過程で、特許出願人である松下がどのような言動をしたかで変わるものだと思います。