欧州におけるソフトウェア特許

スラッシュドットのストーリーに「ソフトウェア特許の議論は欧州では復活しない」というのがありました。
http://slashdot.jp/articles/07/07/15/2325203.shtml
このストーリーは、欧州議会、ソフトウェア特許法案を否決というストーリーの後日談になります。
ソフトウェア特許の議論が欧州で復活しないことは、欧州で、ソフトウェア特許が特許にならないことを意味しません。
スラッシュドットでの書き込みは、「欧州では、ソフトウェア特許が特許にならないのだろう」という、誤認に基づくものが多いように思えます。

条文

この話題は、ヨーロッパ特許条約の第52条のことです。
原文は、ヨーロッパ特許庁(EPO)のサイトにあります。
http://www.european-patent-office.org/legal/epc/e/ar52.html

Article 52
Patentable inventions

(1) European patents shall be granted for any inventions which are susceptible of industrial application, which are new and which involve an inventive step.
(2) The following in particular shall not be regarded as inventions within the meaning of paragraph 1:
(a) discoveries, scientific theories and mathematical methods;
(b) aesthetic creations;
(c) schemes, rules and methods for performing mental acts, playing games or doing business, and programs for computers;
(d) presentations of information.
(3) The provisions of paragraph 2 shall exclude patentability of the subject-matter or activities referred to in that provision only to the extent to which a European patent application or European patent relates to such subject-matter or activities as such.
(4) Methods for treatment of the human or animal body by surgery or therapy and diagnostic methods practised on the human or animal body shall not be regarded as inventions which are susceptible of industrial application within the meaning of paragraph 1. This provision shall not apply to products, in particular substances or compositions, for use in any of these methods.

その日本語訳は、我が国の特許庁のサイトにあります。
http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/fips/pdf/epo/pc.pdf

特許要件
第52条 特許することができる発明
(1) 欧州特許は,産業上利用することができ,新規でありかつ進歩性を有する発明に対して付与される。
(2) 次のものは特に(1)にいう発明とはみなされない。
(a) 発見,科学理論及び数学的方法
(b) 美的創造物
(c) 精神的な行為,遊戯又は業務の遂行のための計画,法則及び方法,並びにコンピュータ・プログラム
(d) 情報の提示
(3) (2)の規定は,欧州特許出願若しくは欧州特許が同項に規定される対象又は行為それ自体に関係している範囲内においてのみ,当該対象又は行為の特許性を排除する。
(4) 手術若しくは治療による人体又は動物の処置方法,及び人体又は動物の診断方法は,(1)にいう産業上利用することができる発明とはみなされない。この規定は,これらの何れかの方法において使用するための生産物特に物質又は組成物には適用しない。

コンピュータ・プログラムが、「発明とはみなされない」ということなので、文理解釈すれば、ソフトウェアに対して特許は付与されないように読めます。

実情

しかし、実際には、すべてのプログラムが特許されないわけではありません。
1998年に争われた事件の審決、すなわち、IBM審決 (T1173/97 1998年7月)において、技術的性質を有するプログラムは、発明の対象とならないものを列挙するEPC第52条第2項にいうコンピュータプログラムには含まれないと結論付けられました。(産業構造審議会知的財産政策部会 第2回法制小委員会の資料7:「IBM審決後の欧州の動向」をご参照)
http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/dai2housei_paper.htm


このことは、「ヨーロッパ特許条約実務ハンドブック(isbn:4502935808)」の第93ページにも書いてあります。

コンピュータプログラムは52条(2)に列挙されているものの,それが技術的特徴を備えている限り,特許を受けられる(52条(3))。
(中略)
技術的特徴とは,通常の物理的効果を超えた更なる技術的効果(further technical effect)をいう。更なる技術的効果は,例えば,「工業プロセスの制御,データ演算,コンピュータの内部処理またはプログラムによるインターフェースであって,プロセスの効率性や安全性,コンピュータのリソースの管理,または通信リンクのデータ転送を改善する効果」をいう。プログラムとコンピュータ間の通常の物理的相互作用を超える技術的効果をもたらすものであれば,コンピュータプログラム自体,媒体に記録されたプログラム,信号としての形態のいずれも,発明として扱われる。



また、特許庁ビジネスモデル特許についてのQ&Aにも書いてあります。
http://www.jpo.go.jp/toiawase/faq/tt1210-037_qanda_a.htm#No,8

問8. 欧州における「発明」の取扱いは、どうですか。
欧州特許条約でビジネス方法は特許対象とならないとされていると聞きました。

(答)
1. 欧州においては、全体として「客観的な技術的課題を解決している」もの、すなわち、技術的性格を有し、又は、技術的効果をもたらすものを「発明」としています。
2. また、御指摘のとおり、欧州特許条約は、「発明」に当たらないものとしていくつかの類型を列挙しており、この中には"doing business"と"programs for computers"も含まれています。
3. しかしながら、欧州特許庁においては、技術的効果をもたらすものは、この除外項目に該当しないとの運用を行っています。このため、技術的効果をもたらすコンピュータを利用したビジネス関連発明については、「発明」たり得るとしています。
http://www.european-patent-office.org/news/pressrel/2000_08_18_e.htm参照)



更に、Wikipediaの「ソフトウェア特許」の項の「欧州における動向」にも書いてあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%95%E3%83%88%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A2%E7%89%B9%E8%A8%B1

このように、ソフトウェアに一定の技術的性質や技術的寄与があれば、特許になることが結論付けられたこと、また、現行条文の表現が紛らわしいとして、現在では、欧州特許条約 (EPC) 第52条第2-3項を改正し、ソフトウェアを非特許要件から外す旨の改正がすすめられているが、ソフトウェア特許に対する世論の意見は厳しく、欧州委員会が2002年2月に公表した「コンピュータ利用発明の特許性に関する指令」案も3年に渡る議論の末に2005年7月に欧州議会より否決された。

つまり、EPCの改正案(否決されたもの)は、ソフトウェア特許も特許されるという実情に、条文を合わせようとしたものだったのでしょう。
その改正案が否決されたからといって、ソフトウェア特許が特許されないわけではありません。