個人のプログラミングと特許権の効力

特許権の効力の及ぶ範囲、及ばない範囲について少し考えてみましょう。
ソフトウェア特許に関連して、業務ではない、個人のプログラミングには特許権の効力が及ばないことを考えるために。
こんなこと考えても、だからどうした、という気はするけど。


特許法において、特許権の効力は、第68条に規定されている。

第六十八条  特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。ただし、その特許権について専用実施権を設定したときは、その実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については、この限りでない。

この条文のただし書き部分については、特許権者が自らの意思で、独占的ライセンスである専用実施権(第77条)を他人に設定した場合には、その設定した範囲では特許権者といえども特許発明の実施ができない、という意味であるので、これ以上は言及しない。


以下では、第68条の「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。」という本文部分について考える。
「特許発明」の語は、第2条第2項に規定されているとおり、「特許を受けている発明」のことであり、未出願の発明や出願中の発明ではなく、特許査定がされ、登録された発明という意味。
「実施」の語は、第2条第3項に規定されているとおり。具体的には、

3  この法律で発明について「実施」とは、次に掲げる行為をいう。
 一  物(プログラム等を含む。以下同じ。)の発明にあつては、その物の生産、使用、譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。以下同じ。)をする行為
 二  方法の発明にあつては、その方法の使用をする行為
 三  物を生産する方法の発明にあつては、前号に掲げるもののほか、その方法により生産した物の使用、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

をいう。
「専有する」とは、「他人を排して権利者のみが独占的に実施をする権利を有する意である(特許法概説 第13版, 吉藤幸朔 著, 有斐閣, 第440頁)」。
そして、「業として」の語。この語に注目したいから、最後に持ってきた。


「業として」とは、広く「事業として」の意であり、営利を目的とする場合に限らないとされる(上掲した特許法概説の第440頁)。
「業」を「事業」と言い換えただけでは、禅問答みたいだが、要するに、家庭的、個人的実施まで特許権の効力を及ぼすのは社会の実状から考えて行きすぎであるため、わが国の特許法は、特許権の効力を業としての実施に限ったものとされている。
換言すれば、家庭的、個人的な実施は、「業として」の実施ではなく、したがって、これらの家庭的、個人的な実施には、第68条の規定により、特許権の効力は及ばない。


以上述べたことを基に、個人のプログラミングと特許権の侵害について考える。
・他人のソフトウェア特許が存在する場合に、プログラマが業としてではなく、個人的、家庭的に当該ソフトウェア特許を使用したら、その他人の特許権の侵害になるか?
 →侵害にはならない。上述のとおり、個人的、家庭的な特許発明の使用は「業としての使用」に該当しないから。
・他人のソフトウェア特許が存在する場合に、個人のプログラマが作成したプログラムに当該ソフトウェア特許が含まれていたら、プログラムはその他人の特許権の侵害になるか?
 →個人的、家庭的な作成であれば侵害にはならない。「業としての生産」に該当しないから。一方、企業などで業務として作成すれば侵害だろう。
・他人のソフトウェア特許が存在する場合に、当該ソフトウェア特許が含まれている、個人のプログラマが作成したプログラムを、他人に配布したら、その他人の特許権の侵害になるか?
 →個人的、家庭的に配布するのであれば侵害にはならない。「業としての譲渡」に該当しないから。(ただし、対価を受け取る場合は個人でも業としての譲渡に該当し、侵害になると考えられる。←この文を追記)ディストリビュータのように業務として配布すれば侵害だろう。
・他人のソフトウェア特許が存在する場合に、当該ソフトウェア特許が含まれている、個人のプログラマが作成したプログラムを、別の他人が個人的、家庭的に使用したら、他人の特許権の侵害になるか?
 →侵害にならない。上述のとおり、個人的、家庭的な特許発明の使用は「業としての使用」に該当しないから
・他人のソフトウェア特許が存在する場合に、当該ソフトウェア特許が含まれている、個人のプログラマが作成したプログラムを、別の他人が業務として使用したら、他人の特許権の侵害になるか?
 →業務として使用した他人は侵害になる。「業としての使用」に該当するから。


結局、個人プログラマが、個人的にプログラムを作成したり使ったりすることには、他人が特許権を有していても、その効力は及ばないだろう。
しかし、個人的なプログラム開発にも、特許に関して別の問題があるかも。
前述した5番目の例で、作成したプログラムを、別の他人が業務として使用した場合に、この他人は特許権者から侵害だと訴えられる可能性がある。そのときに、誰が責任を負うのかということは、難しい問題だろう。
作成したプログラマに責任があると考えて、業務用に使われる可能性があるからプログラム開発を躊躇するということがあれば、ソフトウェア特許は、個人のプログラミングに影響を及ぼすと考えられる。
プログラムを業務として使用した他人に責任があると考えられるなら、また話は別。