続・法改正により迂回路は閉ざされるのか

前回の続きです。
法改正により追加される著作権法第113条第5項(いわゆるレコード輸入権)では、著作権侵害とみなされる要件の一つに「情を知っていること」があります。
この「情を知つて」いることを法廷で立証する責任があるのは、著作権者又は著作隣接権者です。著作権侵害だと訴える原告側が立証しなければなりません。
著作権者又は著作隣接権者が立証できなければ、「情を知っていること」の要件を満たさないから、著作権侵害にはならない。第113条第5項は、そういう条文のつくりになっています。
裁判となった場合に、被告側である輸入業者や個人は、自ら「情を知っています」と証言する義務は何もありません。
訴えられたときには否認して、「私が情を知っていることの証拠を示せ」と、レコード会社などに言えばいいのです。また、第114条の2に従って、別の事実を示せばいいです(例えば後述するような、現地の小売業者から購入したという事実など)。
一般に、ある事実について他人が知っているということを、その他人以外の人が証明するのは難しいです。
他人が確実に知っているであろうと考え得る事実をもって、知っていることを推認するしかないです。


このことを、レコード輸入権について考えると、どのような事実があれば、輸入業者が「情を知っていること」になるのか。論点となり得るところだと思いますが、私は次のように考えます。
音楽CDのジャケットに「日本へ輸入の日本での販売を禁ずる」旨が書いてある事実があれば、輸入業者は、その現物を輸入するに当たって、ジャケットの表示を見るぐらいの注意力はあっていいと思うから、「情を知って」いると、考えることはできるでしょう。
それでは、音楽CDのジャケットに、日本へ輸入の日本での販売を禁ずる」旨が書いてなかったらどうだろう。
レコード会社は、どうやって輸入業者に国外頒布目的商業用レコードであることを知らしめるのか。そして、どうやって知らしめたことを証明するのか。
まず、新聞広告やWebサイトに書いただけでは、全然足りないと考えます。輸入業者には、音楽CDを輸入するに当たって、そんな新聞広告やWebサイトを見ることは、義務付けられていませんから。
次に、国外のレコード会社が卸業者に、日本への輸出を禁止する音楽CDの目録を送った場合はどうだろう。
日本への輸出を禁止する音楽CDの目録を送られた卸業者から輸入業者が買い付けて日本に輸入するのは、卸業者が輸入業者に通知をした場合にはその通知の事実をもって「情を知って」いることにはなるだろう。しかし、この場合は、そもそもレコード会社と卸業者との契約違反になり得るので、現状でも並行輸入は不可能のようである。
次に、現地の二次卸、三次卸から輸入業者が買い付けた場合はどうだろう。
その二次卸、三次卸が音楽CDを譲渡するときに、輸入業者に国外頒布目的商業用レコードであることを通知する義務を負っているか否かによる。海外の音楽CDの卸業者との売買の実情は、私には分からないので、実際に通知する義務を負うかは分からない。
輸入業者が音楽CDを買い付ける二次卸、三次卸に、国外頒布目的商業用レコードであることを通知する義務がなければ、「情を知って」いることにはならない。たとえ、輸入業者が他の所で国外頒布目的商業用レコードの目録を見た場合であっても、「情を知って」いることをレコード会社が立証するのは無理だと思われる。輸入業者が他所で国外頒布目的商業用レコードの目録を見たという事実は、レコード会社には立証できないからです。
次に、現地の小売業者から輸入業者が買い付けた場合はどうだろう。
現地の小売業者には、お客にいちいち国外頒布目的商業用レコードであることを説明する義務はないと思われる。したがって、現地の小売業者から輸入業者が買い付けた事実を反証として証明すれば、輸入業者は、著作権の侵害を否認できる。輸入業者が他所で国外頒布目的商業用レコードの目録を見たとしても、著作権の侵害を否認できるだろう。


結局、音楽CDのジャケットに、日本へ輸入の日本での販売を禁ずる」旨が書いていない場合には、国外頒布目的商業用レコードであることを譲受人に通知する義務を負っていない現地の小売業者、あるいは現地の二次卸、三次卸から買い付ければ、輸入業者はレコード輸入権の行使を受けることは無いと考えられる。
そこで前回の話に戻って。
現状では契約により日本への輸出が禁止される場合であっても、迂回路により並行輸入ができるのを、レコード輸入権の創設により、迂回路が閉ざされることが懸念されている。
私は、今までの説明により、著作権者や著作隣接権者にない場合には、現地の小売業者、あるいは現地の二次卸、三次卸という迂回路からの並行輸入の道は閉ざされないと考える。
現地の二次卸、三次卸が、輸入業者に国外頒布目的商業用レコードであることを通知する義務がある場合には、輸入業者が「情を知って」いることになる場合はあり得る。しかし、レコード輸入権の条文は、そもそも、著作権者や著作隣接権者に、国外頒布目的商業用レコードであることを他人に知らしめることを求めている。それには音楽CDのジャケットに記載すればいいものを、それを怠っといて、裁判で輸入業者に通知したかどうかを争っても、証拠力の問題で著作権者や著作隣接権者が必ず勝てるとは限らない。
レコード会社からすれば、音楽CDのジャケットに、日本へ輸入の日本での販売を禁ずる」旨 が書いてないという事実だけで、著作権侵害で訴えても負けるリスクが高まっていると言えよう。
音楽CDのジャケットに、日本へ輸入の日本での販売を禁ずる」旨を書かないでも訴えることはできるが、それで仮に負けて判例ができてしまう可能性を考えると、権利行使を躊躇せざるを得ないのではないか。