特許は地雷か
まつもと氏からいただいたコメントについて、書きます。
そのコメントについて個別に書く前に、ソフトウエア特許に対する私の基本的なスタンスについて書くと、ソフトウエアは、特許法で保護され得るものだと思っています。
まつもと氏は、ソフトウエアを特許法で保護することによる弊害について、問題提起をされています。この問題提起について、同意する点もありますし、違う考えをもっている点もありますので、以下で書いてみたいと思います。
なお、以下では、日本の場合について、日本の特許法に基づいて書きます。
主張しているのは「特許(特にソフトウェア特許)は地雷になることがある」である。奥村先生が「誰でも考えることをあらかじめ登録して地雷にするのがソフトウェア特許だ」とおっしゃったのも、「ソフトウェア特許の多くはそのような使われ方をしている」という意味だろう。
前回、私が書いた日記では、奥村氏や、まつもと氏が書かれた「地雷」という語に反応して、疑義を示しました。「ソフトウェア特許の多くはそのような使われ方をしている」ということについては同意します。
元来特許になり得ない発明が特許になり、そのような特許に基づいて特許権が行使され、損害賠償などをしなければならないのであれば、問題です。
特許になり得ない特許は、日本の特許法では無効理由を有していて(特許法第123条第1項)、無効にされるべきものです。
まつもと氏は、「無効理由があっても、権利は権利」というお考えだと推測します。
しかし、日本では、「権利があっても、無効は無効」と考えるのが妥当です。
日本においては、「無効理由を有することが明らかな特許権に基づく権利行使は、権利の濫用だとして認められない」という最高裁判例があり、この判例に基づいた判断が定着しているからです。テキサスインスツルメンツと富士通とがICの基本特許に関して争った裁判で、発明者の名をとってキルビー事件と呼ばれます。
したがって、特許の無効審決が確定する以前であっても、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべきであり、審理の結果、当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である。このように解しても、特許制度の趣旨に反するものとはいえない。
「地雷」とされるものには、無効理由を有することが明白なものが多いことでしょうから、権利行使を受けても、権利の濫用だとして抗弁することができます。
また、裁判所法の改正により、来年の四月一日からは、特許法に次の条文が加わります。
(特許権者等の権利行使の制限) 第百四条の三 特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。 2 前項の規定による攻撃又は防御の方法については、これが審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められるときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。
この条文は、上記の最高裁判決の流れを受けて、条文で明記したものでしょう。法改正により方針が変わったものではありません。
次に、まつもと氏は、次のように書かれました。
「特許は公開されている」から見えている、とは限らない
確かに特許は出願後一定期間を経れば公開されるので、隠されているわけではない。しかし、星の数ほどある特許から、自分の事業が(偶然に)侵害しているものがないことを確認するのは、それほど容易なことではない。少なくとも「インターネットでも検索できる」レベルでは現実的ではない。逆(つまり特許公報を見て、その適用を考える)のは比較的楽だけどね。しかも、調査時点でまだ公開されていない特許はどうやっても調べようがない。定期的に弁理士の人に相談するなど相当のコストをかけなければ、「公開されているから大丈夫」などということはできないだろう。というか、いくらコストかけても不可能かも。
確かに特許が公開されているといっても、その量を考えれば不可能に近いほど大変なのは分かります。
特許法の建前からすれば、事業をする者は、他人の特許権を侵害していないかを調査する注意義務があるということなのですが(特許法第103条)、現実には全ての特許を調査するのは無理です。
だからといって、特許調査をしなくていいとは、私の口からは言えないです。
私は、事業者の身丈に応じた特許調査をすればいいし、それで足りるのではないかと思います。そして、事業を行っていない個人は、特許調査をする義務を負わないと考えます。
特許というのは、事業者のビジネス上における道具の一つだと思っています。(特許で一攫千金を狙う個人もいますけれど。)
他人から特許権侵害で訴えられる場合に、その他人(原告)が誰かを考えると、特許でライバル会社を牽制してビジネスを有利に展開しようと考えるライバル会社か、特許で損害賠償金を得ようとする会社(又は個人)でしょう。
前者のライバル会社から訴えられることに備えて、大きい会社は大きい会社なりに、小さい会社は小さい会社なりに、ライバル会社の特許を調査すれば、それで足りるのではないかと考えます(私は企業の知的財産部に在籍してないから、考えが甘いかも知れませんが。)
後者の損害賠償金目的の原告に備えては、そのような原告は、金額を多く得るためには大企業を相手に訴えるでしょうから、大企業が考慮すべきことでしょう。そうした大企業は、実際に知的財産部があり、対応もそれなりにできることでしょう。
次に、まつもと氏が特許を地雷にたとえることについて、理由を書かれています。
これについては、次回に持ち越しということでご了承ください。