5月17日のコメントについて

5月17日の日記小倉秀夫さんからコメントをいただきました。

「専ら……することを目的とするもの」という文言が用いられている場合に、「……」の内容が客観的に現れ出ている必要があるのだと解釈されている例があるでしょうか。私は思い出せないのですが。もしそのような例がないとすると、「専ら……するもの」である以上、その意思は客観的に現れ出でている必要があるとの解釈は、単純に希望的観測を述べているだけであるような気がします。少なくとも、輸入業者や販売業者の顧問弁護士は「専ら……するもの」と書いているから、ジャケットに国外頒布目的であることが書かれていない音楽CDは輸入しても大丈夫というレビューはかけないのではないかと思います。

「専ら……することを目的とするもの」という表現自体は、著作権法第2条第1項第5号にあります。ただ、この条文が第2条第1項第5号が客観的である必要があるとの解釈の根拠であるとは、私は思っていません。
小倉秀夫さんのコメントを拝見し、私の言いたかったことが、うまく小倉秀夫さんに伝わらなかったのではと、思いました。
私は、文言の言い回しの約束により、客観的である必要があると言いたかったのではありません。
専ら国外において頒布するという意思が現れ出ていないと、他人はその意思を認識できません。この場合、他人は、意思がないものと理解するでしょう。
そのため、他人が国外頒布目的商業用レコードとして認識し得るだけの客観性が必要だと思っています。
この客観性は、「情を知って」とは別の要件としての「国外頒布目的商業用レコード」についてです。


考えているうちに、小倉秀夫さんの考え方が、少し分からなくなってしまいました。
もし、小倉秀夫さんが、この日記を今もご覧になっているのであれば、よろしければ次の疑問点について、小倉秀夫さんのお考えを教えていただけないでしょうか。
国外で販売されている音楽CDについて、同一のものが日本版として販売されているとします。この条件のみで、当該国外で販売されている音楽CDは、法案の「国外頒布目的商業用レコード」といえるでしょうか?
小倉秀夫さんは、この場合の当該国外で販売されている音楽CDが「国外頒布目的商業用レコード」であると、お考えになっているように私には思えるのですが。


(6月2日に以下の文章を追記)
小倉弁護士さんのblogを見たら、私の質問事項についての回答となり得る記述が5月26日付けで書いてありました。
blogを見ないで、大変失礼しました。
http://benli.cocolog-nifty.com/benli/2004/05/post_4.html

同一の内容のアルバムについて、欧米のレコード会社からライセンスを受けた日本のレコード会社から日本盤が発行され、かつ、上記レコード会社経由で米国盤が直輸入されているときに、なお、米国国内で市場で流通している音楽CDは日本国内で頒布されることをも目的としているものであると考えることには無理がありますね。

この記述から、同一の内容のアルバムについて、欧米のレコード会社からライセンスを受けた日本のレコード会社から日本盤が発行されている場合に、米国国内で市場で流通している音楽CDは、「国外頒布目的商業用レコード」になるとお考えになっていると、私は解釈しました。
小倉弁護士さんの上記お考えについての私の意見は、次回の日記に書きます。