特許は地雷か(の続き)

11月の日記の続きです。
まつもと氏は、特許を地雷にたとえるのが適切とされた理由として、次のものを挙げられています。

  • 著作権と違い、特許は盗作したわけでなく独立に同じアイディアを思いついただけでも、 最初に登録(or 発明)した人に権利がある。
  • 偶然衝突してしまうような「発明」は独自性・新規性に欠けていて特許としては認めてはいけないものがほとんどだと思うが、現実問題として、そのような特許はたくさん登録されている。
  • 地雷は地雷探知機のようなコストをかければ発見できないわけではない(でも難しいし、失敗すると被害が出る)。 特許の(偶然の)侵害もコストをかければ発見できないわけではない(でも難しいし、失敗すると被害が出る)。
  • しかし、そのようなコストをかけるのは現実的でない局面も多く、 その場合、まったく予測しないタイミングでトラブルを引き起こす。

上記4つの理由について、最初の理由から順に私の意見を書いていきましょう。
まず、最初に登録(or 発明)した人に権利がある点について。
同じようなアイデアは、ほぼ同時期に発生することがあり、それぞれ別個に考えついたのに、先に特許申請をした人だけが独占できるのは不合理だというお考えなのでしょう。
独占的で他人の使用を排除できる特許権を、最先に特許出願をした人、最先に発明をした人にだけ付与することには合理性があります。

  1. 特許法の法目的に合致する、
  2. ビジネス慣行から是認される、
  3. 同じアイデアを特許出願しなかった人も一定条件により保護される、

からです。


上記リストの第1の法目的の面から書いていきます。
特許法の目的は特許法の第1条に記載されています。
「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」
発明を奨励することにより技術が進歩し、技術が進歩することにより自国の産業が発達する。自国の産業が発達することは国益に適うことであり、だからこそ発明を保護しようということです。特許法が産業立法といわれる所以です。
技術というのは、放っておいても進歩しますけれど、競争があるほうがより早く、高度に進歩することは、経験上からも明らかです。
同じ発明をした場合でも、最初に発明をした人のみが実施できるという特許制度は、ライバル会社よりも先に技術開発をするという競争により技術を進歩させるためのインセンティブとなり得るのです。
だからこそ、特許制度では先に発明をした者、先に出願をした者のみに独占権を与えているといえましょう。


上記リストの第2のビジネス慣行面について書いていきます。
同じことを思いついたとしても、最初に思いついた人がより多く利益を得るというのは、ビジネスの社会では、ありふれたことのように思います。
特許というのは、ビジネスにおける道具の一つです。特許権は、「業として」(=事業として)の他人の実施を禁止し、独占的に実施するという権利だからです。(したがって、個人的、家庭的に他人の特許を実施しても、特許権侵害にはなりません。)
市場経済における競争の下では、優勝劣敗は必然にあり得ることであって、ライバル会社よりも先に技術開発をした優れた企業が、独占的な特許権を得られることは、ビジネスの慣行からも是認されるでしょう。
別にビジネスに限らず、学術的な研究であっても、最初に発見をした人が、ノーベル賞などの名誉を得られることや、未踏の地への冒険であっても、先駆者が称えられることなども同列に考えてもいいかも知れません。


上記リストの第3の特許出願しなかった人への保護について書きます。
ほぼ同時期に同じ発明をした人が2人いたとして、最初に発明をした人が先に特許出願をし、特許権が得られた場合には、後に発明をした人は、保護されません。
後に発明をした人が、先に発明をした人の特許権によりビジネスとしての実施が制約されることについては、上記した法目的及びビジネス慣行から、理解をいただけるのではないかと思います。
ただ、後に発明をした人は、保護されませんが、技術競争というのは終わりがないので、新たな発明をして挽回することは十分に可能です。
それでは、先に発明をした人が特許の出願(申請)をしなくて、後から発明をした人が特許出願をして、特許になった場合はどうでしょう。
先に発明をしたのに、特許出願をしなかったばかりに、後から発明をした人の特許権により制約を受けるのは不合理です。
この点については、特許法でも考慮がされていて、法上で手当てがなされています。
まず、先に発明をした人が、公然に実施をしたり、インターネットや文書で公表していた場合。
この場合は、後に発明をした人の特許には、無効理由があることになります。
特許というのは、新しい発明について価値を認めて権利を与えているのだから、他人が公然に実施をしたり、インターネットや文書で公表していた発明については、新しい発明ではないから特許法で保護する価値がなく、特許庁における審査で出願が拒絶されるべきものであり(特許法第29条第1項)、仮に審査の目をすりぬけて特許査定がされた場合であっても、無効になるものです(同法第123条)。
このような、無効理由を有する特許は、無効審判を請求し、無効審判の審決がなされて審決が確定すれば、特許権の効力が初めからなかったものとみなされます(同法125条)。だから、だから、先に発明をした人は、後に発明をした人の特許権の効力を受けず、自由に実施ができます。
また、先に発明をした人が、後に発明をした人から特許権侵害で訴えられたときには、その裁判の場で、特許権が無効であることを主張して、裁判に勝つことができます。キルビー事件の最高裁判決で、無効であることが明らかな特許権に基づく権利行使は、権利の濫用であるから許されないとされていますし、平成16年の特許法改正で、特許法第104条の3の規定が新たに設けられ、「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、特許権者又は専用実施権者は、相手方に対しその権利を行使することができない。」と、規定されています。
オープンソース的な技術開発では、オープンなメーリングリストなどにより議論がされ、アーカイブがインターネットに保存されることが多いでしょう。このようなメーリングリストアーカイブも、特許の新規性を否定する証拠となり得ると考えます。
次に、先に発明をした人が、後に発明した人の特許出願の時点で、公然であっても非公然であっても、実施していた場合。
この場合は、後に発明した人の特許に対する無償のライセンスが、自動的に付与されます。したがって、先に発明をした人は、そのライセンスにより実施を継続することができ、特許権侵害にはなりません。
このライセンスは、特許法では「先使用による通常実施権」といい「先使用権」ともいいます。特許法第79条に規定されています。

(先使用による通常実施権)
第七十九条
 特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。

公然に実施をしている場合には、後から発明をした人の特許は無効理由を有していることにもなるですが、この場合でも先使用権があり、また、非公然の実施であっても、先使用権があるということです。
ただ、後に発明した人の特許出願の時点までに、実施又は実施の準備をしていることが先使用権の要件になる点は注意する必要があります。
次に、先に発明をした人が製造した物についてですが、後に発明した人の特許出願の時点で、日本国内にある物には、特許権の効力は及びません。これは、特許法第69条第2項に規定されています。

特許権の効力が及ばない範囲)
第六十九条
 特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。
 2 特許権の効力は、次に掲げる物には、及ばない。
  一 単に日本国内を通過するに過ぎない船舶若しくは航空機又はこれらに使用する機械、器具、装置その他の物
  二 特許出願の時から日本国内にある物
 3 二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は、医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬には、及ばない。

この規定により、特許出願の時から日本国内にある物、例えばプログラムは、破棄する必要がなく、そのまま継続して使用することができ、また、譲渡することもできます。


この項目についてまとめると、先に発明をしても特許出願しなかった場合には、、後の出願の特許には無効理由があって権利行使を受けず、また、先使用権により特許に対抗でき、また、既存の物には特許権の効力が及ばないのでそのまま実施できるということです。
あと、特許法の規定としては、発明の先後にかかわらず、業としてではない実施、すなわち、個人的、家庭的な実施には特許権の効力が及ばないこと(特許法第68条)、試験、研究のための実施にも特許権の効力が及ばないこと(特許法第69条第1項)を、念のため書き添えておきます。


少し話が変わるかも知れませんが、既存のコンピュータプログラムと特許権との関係について、弁理士会の月刊誌である「パテント」の2004年10月号に投稿記事がありました。
http://www.jpaa.or.jp/publication/patent/patent-lib/200410/index.html
この記事はWebで無料で見ることができます。
「プログラムにおける特許法著作権法の抵触権利調整について」
http://www.jpaa.or.jp/publication/patent/patent-lib/200410/jpaapatent200410_054-060.pdf
意匠法第26条の規定を類推適用することにより、先に開発された著作権としてのプログラムを特許権から保護できないかという提案です。
私は、これを読んだときに、プログラムだけを特別視して保護を厚くする必要があるのだろうかと思いましたが、このような提案は、傾聴に値すると思います。


最初に発明をした人のみが特許権を得られる点について、前述したことを私が書こうとしたときに、それについてどこかで読んだことがあると思ったのですが、長年にわたり特許法の基本書とされてきた吉藤幸朔先生の「特許法概説 第13版」( isbn:4641044775 )の第12頁に書いてありました。
必要部分を引用して紹介させていただきます。できれば原著を当たって欲しいです。

(i)先願者過保護論
(中略)
 しかし、競争あるところ優勝劣敗は当然の帰結であり,優勝劣敗の差の激しいところ,競争は激化し,技術の進歩はそれだけ加速せられる。特許制度が,唯一の勝者にのみ賞(保護)を与えるのは急速な技術の進歩により,国内産業の発達及び国際競争力の強化を図るためにはやむを得ないのである。
 しかも,敗者が必ずしも永久に敗者ではない。次の機会において勝者となることが可能である。すなわち,先願発明の出現によって後願発明者の努力一切が常に水泡に帰するものではなく,それまでに蓄積した能力と技術のもとで,これを改良し拡張し,先願発明者を追い抜くことができるからである。この意味において,発明は常に未完成であるということができると同時に,発明への競争はゴールなきマラソンであるということができよう。
(後略)