著作権法上で第32条第1項の適法な引用以外のものを何と呼ぶか

ナガブロさんの無断引用という表現はまちがいではないというエントリーを受けて、あらためて考えてみました。
最初に、私は、ナガブロさんの解釈を否定するものではありません。ナガブロさんが書かれた解釈も法律上可能であると思っています。実際、私も一時期は、「無断引用という表現はまちがいである。」という意見に違和感を持っていて、ナガブロさんと同じような論理構成をしてました。
今は、どちらかといえば、という相対的な比較で、無断引用という語はあまり適切ではないと思っています。


……と、このエントリーを書くに当たり、最初は上記のように書いたのですが、それからいろいろと調べると、自分で書いたことが正しいとの確信を持てなくなりました。
それで煮詰まって何も書けなくなったのですけれど、それを自分の頭の中に仕舞い込むよりは、表に出したほうが、妥当であるかはともかく、一つの考え方の表明になるのではないか、と思ったので、書いてみます。

条文の立て方から

無断引用という語があまり適切ではないと思う理由の一つは、第32条第1項の条文の立て方からです。前段と後段とが「この場合において、」という語で接続されている点に着目しました。
有斐閣法律学小辞典によれば、基本法令用語としての「この場合において」は、「ある事項を定めた一つの文章とその補足的事項を定めた他の文章とを接続する場合に用いられる。」とあります。
後段が補足的であるならば、第32条第1項前段で「引用することができる」と言っていますので、法上は前段の引用以外の、より広義の引用という概念を想定してはいないだろうと考えました。
後段の「公正な慣行に合致し、正当な範囲内である」という要件は、前段の「引用」それ自体が具備している要件を表出しているものと考えられます。

判例から

理由のもう一つは、引用についての最高裁判決からです。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/A457F8DF34085BF449256A850031201B.pdf
パロディ事件は、旧法での判決ですが、「引用とは、紹介、参照、論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録することをいうと解する」、「引用にあたるというためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められる場合でなければならないというべきであり、更に、法一八条三項の規定によれば、引用される側の著作物の著作者人格権を侵害するような態様でする引用は許されないことが明らかである。」と判示しています。
判示事項における引用の要件としての「明瞭区別性及び主従関係」を、現行法の引用としてそのまま援用できるとして、この「明瞭区別性及び主従関係」と、条文の後段の「公正な慣行及び正当な範囲」とについては、互いに重複している関係にあります。(あえて検討するなら、「明瞭区別性及び主従関係」は、「公正な慣行及び正当な範囲」の十分条件と考えられます。)
「明瞭区別性及び主従関係」と、「公正な慣行及び正当な範囲」とが互いに重複し、分離不能であるならば、後段の「公正な慣行及び正当な範囲」は前段に規定する法上の引用それ自体の要件だと考えました。

出版物から

手元にある作花文雄「著作権法 基礎と応用 第2版」 isbn:9784827107982 第307〜312頁では、引用の要件として、

  • 引用側の著作物性・引用の目的
  • 明瞭区分性・主従関係
  • 公正な慣行・正当な範囲内
  • 出所の明示

と、項目をあげて書いてありました。列挙したように、引用の要件の一つとして本条後段の「公正な慣行・正当な範囲内」がありましたので、この「公正な慣行・正当な範囲内」という要件は、広義の引用というものを更に限定する要件ではないだろうと考えました。

判決例から

判決例は、最高裁判所のサイトで公表されていますので、Googleで検索することができます。
それで、「無断引用」という語が判決例でどれくらい使われているかを検索してみましょう。
google:"無断引用" site:courts.go.jp =>約4件。
裁判所の公表の程度も考慮すべきと思いますが、4件は少ないと思いました。

それでは、適法でない引用を何と呼ぶか

適法な引用ではない、「広義の引用」に「無断引用」という語が適切でないのなら、それを何と呼べば良いのでしょう。私には、「これだ!」という案を持っていませんが、ヒントは上掲したパロディ事件の判決文にあると思います。
判決文では、引用について「一部を採録する」と、行っています。
この「採録」という語が、ナガブロさんが言われる「広義の引用」に該当するのではないでしょうか。

補足:広義の引用概念を想定し得る判決文の紹介

上掲した「著作権法 基礎と応用 第2版」の第311頁には、「絶対音感」事件について記載があります。この記載によれば、「絶対音感」事件では、

32条1項が適用されるためには、当該引用が「引用に当たること」、「公正な慣行に合致するものであること」、「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものであること」の「3要件を満たすことが必要である」

としたそうです。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/7FB076577276E9DD49256BF8002017C2.pdf
適法な引用の要件が上記の3要件なら、「公正慣行」及び「正当な範囲内」を満たさない「引用」が想定し得るということであり、このことは、今回のエントリーで私が書いた考えとは異なります。