「一太郎」判決の衝撃

itmediaに記事がある。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0502/02/news080.html
イムリーな話題について書いてみましょうか。

松下電器ジャストシステムを訴えた裁判の判決のリンクは、次のとおりです。
http://courtdomino2.courts.go.jp/chizai.nsf/c617a99bb925a29449256795007fb7d1/79b15c35c791549249256f9b0023169e?OpenDocument
松下が持っている特許は、第2803236号。その特許請求の範囲は、次ののとおりです。これは、特許電子図書館で無料で見ることができます。

【特許請求の範囲】
【請求項1】アイコンの機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン、および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させる表示手段と、前記表示手段の表示画面上に表示されたアイコンを指定する指定手段と、前記指定手段による、第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、前記表示手段の表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段とを有することを特徴とする情報処理装置。
【請求項2】前記制御手段は、前記指定手段による第2のアイコンの指定が、第1のアイコンの指定の直後でない場合は、前記第2のアイコンの所定の情報処理機能を実行させることを特徴とする請求項1記載の情報処理装置。
【請求項3】データを入力する入力装置と、データを表示する表示装置とを備える装置を制御する情報処理方法であって、機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン、および所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコンを表示画面に表示させ、第1のアイコンの指定に引き続く第2のアイコンの指定に応じて、表示画面上に前記第2のアイコンの機能説明を表示させることを特徴とする情報処理方法。

まず、請求項1と請求項2に記載された発明は、「情報処理装置」の発明です。これらの発明は、ソフトウエアそのものの特許ではないことを指摘しておきましょう。(請求項3の発明は、ソフトウエア特許といっていいと思いますが。)
ソフトウエアを使って実現できるから、ソフトウエアも含んではいるんですけど、そのものではない。これをもう少し詳しく説明します。
請求項1に記載された発明の構成を大別すると、「表示手段」と、「指定手段」と、「制御手段」とを有している「情報処理装置」であることが分かるでしょう。
「表示手段」って、いわゆるディスプレイのことです。
「指定手段」って、ポインティングデバイス、例えば、マウスのことです。
「制御手段」は、そういう制御をするためのハードウエアやソフトウエアを指します。
「情報処理装置」って、いわゆるコンピュータです。
だから、請求項1に記載された発明の具体的なイメージを大雑把に言うと、「ディスプレイと、マウスと、特定の機能を実現するようなソフトやハードを有しているコンピュータ」ということです。ソフトウエアそのものではないことが分かるでしょう。
一方、一太郎は、特定の機能を実現しているソフトウエアということになるでしょう。


なぜ、こんなことを書くのかというと、特許権の効力や特許権の侵害を考えるときに重要になってくるからです。
特許権というのは、特許された発明を独占排他的に実施することができるという権利です(特許法第68条)。特許権の効力は、原則として「特許請求の範囲」に記載された範囲に及びます。逆にいえば、「特許請求の範囲」から外れるものは、原則として特許権の効力が及びません(原則と書いたのは、後で例外のことを書くからです)。
それで、松下の特許は、上述したように「表示手段」と、「指定手段」と、「制御手段」とを有している「情報処理装置」です。これに対して、一太郎には、「表示手段」も「指定手段」も有していません。だから、一太郎というソフトウエアは、松下の特許の「特許請求の範囲」からは外れているのです。


では、一太郎は松下の特許を侵害してないかというと、そうでもなくて。
先に書いた原則に対する例外なんですが、特許法には、「特許請求の範囲」に外れる場合でも、特許権の侵害だと擬制する規定があります。
特許を侵害していなくても、特許を侵害する蓋然性が高い予備的な行為については、特許を侵害していると考えましょう、という規定です。
このような、特許権の効力を拡張する規定は、特許法101条に規定されています。この規定は、「間接侵害」と、よく言われます。

(侵害とみなす行為)
第百一条
 次に掲げる行為は、当該特許権又は専用実施権を侵害するものとみなす。
 一 特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産にのみ用いる物の生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
 二 特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
 三 特許が方法の発明についてされている場合において、業として、その方法の使用にのみ用いる物の生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
 四 特許が方法の発明についてされている場合において、その方法の使用に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

松下電器ジャストシステムとが争った本件については、この間接侵害に該当するか否かが争われ、判決では、上記した特許法第101条第2項又は第4項に該当するから一太郎特許権を侵害していると認められました。


と、ここまでは特許法を用いて判決を解説してみました。
この判決の妥当性については、ここでは触れません。
ただ、次のことについては書いてみたいと思います。
判決文では、前述のように特許法第101条第2項又は第4項の間接侵害が成立するということで一太郎が松下の特許を侵害するとしました。
この特許法第101条第2項及び第4項というのは、平成14年に特許法が改正されて新たに追加された規定であり、平成15年1月1日から施行されています。
平成14年に改正される前の間接侵害の規定は、現在の第101条第1項及び第3項のものだけでした。
では、改正前の間接侵害の規定ぶりだった場合、一太郎は、松下の特許を侵害していたでしょうか。私は、侵害していなかったのではないかと思います。
弁理士の古谷栄男氏が書かれた「特許法によるソフトウエア保護の現状と課題」という論文は、現行法と合わない部分もありますが、1999年当時の解釈について知ることができます。
http://www.furutani.co.jp/office/ronbun/ipsj.html

(2)記録媒体の保護
 我が国の現在の審査運用指針以前においては、「プログラムを記録した記録媒体」は、一律に単なる情報の提示にすぎないとして、発明に該当しないと取り扱われてきた。
 したがって、従前は、ソフトウエア関連発明について、コンピュータと一体となった装置または方法として権利を取得していた。このため、パッケージソフトウエアのように、プログラムを記録したCD−ROM等の記録媒体として販売する行為に対しては、直接侵害としてではなく間接侵害*6としてその追求をしなければならなかった。しかし、CD−ROMに他のソフトウエアも併せて記録されていた場合には、もはや特許法101条にいう「生産にのみ」や「使用にのみ」には該当せず、間接侵害は成立しないという主張も予想され、保護が十分であるとはいえなかったのである*7。

つまり、松下の特許権は、平成10年7月17日から発生してますが、この日から平成14年12月31日までは、ジャストシステムを訴えても負ける可能性があったのであり、間接侵害の規定が改正されて施行された平成15年1月1日以降になって、今回の判決のように勝てる可能性があったと思えます。


あと、ジャストシステムのことですけど、松下と裁判で争っているのであれば、新しく発売する一太郎2005には、アイコンを?マークに変更すべきではなかったかと思います。昨夏には、アイコンが?マークの場合には特許権の侵害にはならないという判決が出ているのですから、現在の一太郎が使用しているアイコンが松下の特許を侵害していないと確信しているとしても、万が一に裁判で負けて被害が拡大することも予測して、未然に危機を回避しておくべきではなかったかと思います。